柏の歴史・こぼれ話(8) 利根川「七里が渡し」と 布施河岸

柏市富勢地区は、中世以来「布施郷」と呼ばれていた。徳川幕府が江戸防衛の意味から利根川に橋を架けなかったので、下総と常陸を結ぶ要所として、布施の七里が渡し(現在の新大利根橋付近)が栄えた。
利根川を挟んで布施村と戸頭村(現取手市)を結び水戸街道の脇街道として機能した。

この時期、七里が渡しの布施側に、「布施河岸」があった。近世中・後期に常陸、下野、奥州筋の物産が、鬼怒川経由利根川を下り、一方、銚子・九十九里方面からは、利根川を上って布施河岸で陸揚げされた。駄馬で江戸川沿いの加村、流山河岸へ陸送され、江戸川経由大消費地江戸へ運ばれた。手賀沼で捕れたうなぎも、この道を通って江戸に運ばれたことから、うなぎ道とも呼ばれた。

明治二三年に利根川と江戸川を結ぶ利根運河が開通し、布施河岸の役目は終わりを告げ、布施の賑わいは衰退した。

(加行) 稲門会だより 13号より