新横綱豊昇龍の祝賀パレード
大相撲の第74代横綱豊昇龍の昇進祝賀パレードが2月16日、柏市で行われ二万五千人のファンから祝福を受けました。
豊昇龍は、日本に来て最初に住んだのが柏だったので「柏は自分にとって日本の故郷」といっています。去る2023年名古屋場所で初優勝し大関昇進を決めたとき、太田和美柏市長を表敬訪問しました。その際太田市長が「この次は横綱になって来てください。その時はパレードをしましょう」と約束をしました。今回のパレードは約束の履行なのです。
パレードは柏市駅周辺の商店街を豊昇龍が人力車に乗って動くというものでローカル的ですがユニークな面白い企画でした。例えば途中司会者からインタビューを受けたり、人力車から降りてファンと会話をするというアットホームな場面もありました。豊昇龍は、見事に日本の故郷に錦を飾りました。
蛇足ですが、市役所に「祝・横綱昇進・豊昇龍関」という懸垂幕がかかっています。期間は、2月3日から3月23日。因みに「おめでとう」というモンゴル文字も入っています。
豊昇龍と柏
豊昇龍は、モンゴル出身ですが、中学卒業後柏市にある日体大柏高校に留学、学生寮で三年間を過ごしました。入学当初はレスリング部に所属していましたが、叔父の第68代横綱朝靑龍の影響で相撲部に転部、そして高校卒業後すぐに相撲界に入りました。豊昇龍は力士になっても、高校時代の恩師永井明慶さんが運営する「柏相撲少年団」に機会をみつけては訪問していました。そこで豊昇龍は「日本の母」に出会ったのです。それは柏市在住の久保田るりさんです。相撲界という特殊な社会で頑張る豊昇龍を励まし、時には母のように叱ったりしたのでしょう。豊昇龍は、実の母のように慕っています。
るりさんにはダウン症の息子輝哉(てるちか)君がおり豊昇龍は弟にようにかわいがっています。本年初場所、三つ巴の優勝決定戦を制し二度目の賜杯を抱いた後、オープンカーによる優勝パレードがありました。その時豊昇龍と旗手の木竜皇の間に同乗していたのは、この輝哉君でした。
豊昇龍と二人の同期生
豊昇龍には、15年前モンゴルから同じ飛行機で来日し同じ日体大柏高校に留学した二人の同期生がいます。2025年3月の番付で前頭八枚目欧勝馬(鳴門部屋)と幕下十五枚目朝白龍(高砂部屋)です。
欧勝馬は、日体大柏高校時代レスリング部でしたが、日体大に進学すると相撲部に入り学生横綱を獲得するなど活躍し、幕下十五枚目付出しで相撲界に入りました。現在鳴門部屋のホープです。
朝白龍は、日体大柏高校時代から相撲部で高校卒業後拓殖大学に進学、相撲部で活躍しました。卒業後高砂部屋に入り2023年1月に初土俵を踏みました。入門時期が遅かったため、現在幕下十五枚目、十両を狙える位置に居ます。
相撲界は、完全実力社会で、地位の格差は尋常でありません。高校時代一緒に机を並べた同じモンゴル出身の三人ですが、かたや豊昇龍は、相撲界のトップを極め、両肩に横綱という重責を担っています。一方朝白龍は幕下でいまだ力士として認められず、無給力士でいます。朝白龍はどんな気持ちで本場所に臨むのでしょうか。朝白龍の今後の奮闘に注目していきたいと思います。
むすび
柏市出身の関取は、現在四人います。幕内には、隆の勝(西前頭三枚目、常盤山部屋)琴勝峰(西前頭十六枚目、佐渡ケ嶽部屋)十両には琴栄峰(西十両七枚目)木竜皇(西十両十二枚目、立浪部屋)がいます。さらに豊昇龍のように「日本の故郷は柏」という外国人がいることを考えると柏市は「相撲都市柏」と誇ってよいのではないでしょうか。柏市の有志は、これからも柏出身の力士を応援していきます。
記:永見 忠士
(※本記事は、東葛川柳会・柳誌『ぬかる道』2025年4月号
に掲載された記事を東葛川柳会 の許可を頂いて転載しています。)